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    「父の日の贈答は酒が定番」は本当かも知れないが、安直にすぎる件について

     

     

     

    父の日というものがございます。

    私も親父でして、それなりに父の日は

    意識せず、意識しておるのであります。

     

    母に比べれば、父の存在というのは

    弱いものでありまして、今や、父の日はいわゆる人気投票的な

    バロメーターも同然といった風になってまいりました。

     

    昨日、6月21日は「父の日」であります。

    世のお父さん方は、21日をいかが過ごされたのでありましょうか。

     

    お父さんによっては、合格を待つ受験生のような気持ちの方もいた

    とお察し申し上げます。別に何か物がほしいというわけでもありません。

    気になるのは、やはり、子どもらの父に対する思いなわけです。

     

    しかし、この面倒というか、ややこしい日は誰が作ったんだと

    思ってしまうわけですね。おそらく母の日があるから、

    不公平だとばかりに、ついでに作ったんじゃないかという気はします。

     

     

    父の日について考える

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    ウィキペディアを見ますと、父の日の由来が書いてあったので

    ご紹介しますと

    父の日(ちちのひ)は、父に感謝を表す日。アメリカのドッド夫人が『母の日』にならって、父親に感謝するために

    白いバラを贈ったのが始まり。

     

    1909年にアメリカ・ワシントン州・州スポケーンのソノラ・スマート・ドッドが、男手1つで自分を育ててくれた父を讃えて、協会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。

     

    彼女が幼い頃、南北戦争が勃発。父ウィリアムが召集され、彼女を含む子供6人は母親が育てることになるが、母親は過労が元でウィリアムの復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、ウィリアムも子供達が皆成人した後、亡くなった。

     

    最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。

     

    ウィキペディアより抜粋

     

    やっぱり、親父の予想したとおり、「母の日」のついでに

    作られたことは明白ですな。

     

    まあ、嫉妬しても仕方がない。なにせ、あちらさん(母)は十月十日

    腹の中で養ったわけでございまして、こちとらの努力といえば

    一晩、それなりの努力をしたに過ぎないわけでございますから・・

     

    いやいや、そんな話ではない。一晩の努力は置いといて

    彼らを一人前にするにあたっては、嫌な上司にも、客にも頭を下げ

    休むことなく働き続けた自負があるではありませんか。

     

    親父だって、多少なりの評価をいただかないと。

    そんな忸怩(じくじ)たる思いの中、迎えた「父の日」なのでありました。

    そんなことを考えはじめますと、親父の多少のスネの傷と申しますか、

     

    過去の減点行為が脳裏をよぎるようになります。

    まるで、あの世で、閻魔の前に引きずり出されたように

    不思議な胸の内になっていくのでありますなあ。

     

    読者の皆さんの中には、お前の減点行為とはと気にされる向きも

    あろうかと思いますが、ここは一つ武士の情けで、お見逃しいただきたい。

     

     

    世のお父さん諸君!父の日は不定期にくると知れ

     

    子供が幼い時には「父の日」も「母の日」と同様に

    扱ってくれていました。あれは幼稚園や保育園の先生が

    気をつかってくれているのではありますがね。

     

    そして定番のように「父の似顔絵」などを持ってくるのでありますね。

    クレヨンで塗りたくり。ヒゲの点々が、親父をしている実感として

    とらえられるのであります。

     

    けっしてウマいとは言いがたい絵でありながら、時には名画のごとき

    感動を覚えたものであります。

     

    子供達が中学や高校になりますと、それなりに反抗期もあり

    父の日のプレゼントなどは遠ざかり、家内が気をきかせて

    今日は、父の日だからと手料理を振る舞う程度でございます。

     

    子供らが、さらに成長しますと、親父の感心などは薄れる一方でありますから

    父の日のプレゼントなどは、何か、思いついた年に限られる

    ようになるのであります。(若いお父さんはご覚悟あれ)

     

    そうこうして、「父の日」というのは形骸化され、風化し、不定期になる

    運命を辿っていくのであります。さて、昨日の結果やいかに。

     

     

    2020年の「父の日」は成立するのか? 素通りなのか?

     

    ちなみに今まで「父の日」に、子供らから頂いた

    ありがたい気持ちの品々はと言いますと、

     

    ●道ばたにあった変な形の石ころ

    ●「わたしの似顔絵」を3枚

    ●へびの抜け殻(息子が縁起物だと言って)-現在も使用中

    ●ピンク色の腹巻き(娘から)-2〜3回使用

    ●ライターとパイプ(当時は喫煙者だったので)

    ●新日本プロレスのタオル(アントニオ猪木風な)

    ●コスメセット(鼻毛切りとか櫛とか)娘が私の鼻毛を気にしていたからか

    ●ハズキルーペ

    ●作務衣と羽織

    ●利き酒セット

    ●越乃寒梅

    ●ぐい呑みと焼酎サーバー

     

    考えてみれば、諸々あるのでありますが、近年は「酒」が定番

    になってしまった感がぬぐえない。

     

    こうなりますと、「親父は『酒』でいいよ。」という安直さが

    気になるのであります。

     

    蛇の抜け殻をいただいていた頃が懐かしい。上記には「抜け殻」としか

    書きませんでしたが、「抜け殻」を褒めたこともあり、

     

    その翌年は箱いっぱいに「せみの抜け殻」や、何だかよくわからない

    「抜け殻」もプレゼントされたこともあるのであります。

    親父していて、楽しかったのも、この頃だったのかもしれません。

     

    「お前も抜け殻だろう」というヤジが聞こえてきますが

    まあ、この年になりますと、皆さんご同様でございますよ。

     

    しかし、皆さん。

    「母の日」は定期便、

    「父の日」は不定期便

    お宅はいかがですか?

     

    まあ、こんなもんでしょう。

     

    「えっ、昨日?」

     

    家族でお食事でした。

     

     

     

     

    author:酒呑仙人見習, category:酒呑仙人 物申す, 14:36
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